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- 今度こそ、梅雨明け?[ 2009-07-30 11:04 ]
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- 雨続きで[ 2009-07-27 11:36 ]
- <旅游天地系列 > 漫游杨贵妃故里(3)[ 2009-07-26 16:24 ]
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- <旅游天地系列 > 漫游杨贵妃故里(2) 日本語版[ 2009-07-22 18:34 ]
- 去了東京[ 2009-07-20 18:38 ]
- お知らせ[ 2009-07-18 10:19 ]
“単純な脳、複雑な「私」”というタイトルに引かれて購読した、池谷裕二氏の講義本。この中で、最近では直感も脳科学の対象になっていることを知った。その直感を担っている基底核という部位は、成長期を過ぎても発達し続けるという。勿論、学習と経験の積み重ねが継続されるという前提でのことだが。ということは、年齢と共に直感力は強力になる・・・?
そこで池谷氏は、あの論語の「四十にして惑わず」とは、直感がさかんに働き始めることを意味し、「七十にして心の欲する所に従えども矩を越えず踰えず」は思うままに、つまり直感だけで行動しても節度を外すことがない、という意味だという。(エー、晩年の孔子様は直感だけで生きてたの?!)あの世で孔子様はこれを聞いて何というか・・・・。
ともあれ、直感でピタリ正しい判断ができるようになるのであれば、年をとるのもまんざらでもないか・・・・。と単純で楽天家の読者はほくそ笑むのでありました。
単純な脳、複雑な「私」には動画サイトがあります。訪ねてみてください.
http://www.asahipress.com/brain/
葉っぱと同じ色だよ~ん!! 写真も by dahai

久しぶりに爽やかな朝でしたね。
我家の日よけは“きゅうり”です。
暑い陽射しを受けて、どんどん大きくな~れ!!
今夜は採れたてきゅうりで“バンバンジーサラダ”に決定!!!
by 和和
途中少し休んで、私は海辺に座り果てしなく広がる日本海をじっと見つめながら心の中で思った、
楊貴妃は花も恥じらうほどの美人であるが、一体どのようであったのだろうか?
恐らくこれは多くの人が知りたがっていることだろう。
だが、千年余りも前に近代的な撮影技術はなく彼女の美しい姿を残すことはできなかったので、史料に思いをはせるしかない。
楊貴妃は西暦719年中国の旧暦六月一日に広西の容県に生まれたので、
彼女は広西の人だと言う人がある、これは楊貴妃の祖父の原籍が容県だったからである。
楊貴妃の父は四川の蜀郡で役人をしていたので、彼女は四川で生まれ、四川の人だという人もいる。
楊貴妃が10歳の時父が亡くなり、彼女は河南で役人をしていた叔父の家で育てられたが、後にまた河南から山西の永済県に移った。
それで楊貴妃は山西の人だという人もいる。楊貴妃がどこの人であれ、彼女が生来美しい容貌をそなえていたことは争えない事実である。
すなわち彼女は賢く美しかったということだ。『旧唐書』に「太真(楊貴妃)には天性の美貌があり、歌や舞をよくし音律にも通じている……」と記されている。
更に、楊貴妃の肌は白く柔らかくてすべすべしていたようだ、ちょうど精製したあと固まった脂肪のように滑らかできめ細やかであった。
それを証明するものに唐代の有名な詩人白居易の長詩『長恨歌』があるが、
その中に「春寒くして浴をたまう 華清の池,温泉 水滑らかにして凝脂を洗う」とある。
ここで言う凝とは固まった脂肪のことである。
華清池は中国陝西省臨潼県驪山にあり、私はかつて見物に行ったことがある。
華清池の温泉水は確かにありふれたものではなく、その水で手を洗うと手の皮膚がまるでたくさんの油を塗ったばかりのようにすぐにつるつるになったので、とても不思議だった。
こんないい温泉水に加えて楊貴妃はお風呂からあがった時ぐったりとなまめかしく、
あでやかであったので、年老いた皇帝の李隆基がいつも貴妃を連れて華清池に避寒に行ったのももっともであった。 (続く) by 益友 日本語翻訳 by 燕子花
我家のトマト、完熟前に割れ目が出来てしまう、雨のせいかな?
カレーにぶつ切りでたくさん入れて煮込んだらおいしいカレーになりました。
小さい公園に面している我家、公園側の僅かな敷地にトマトときゅうり
を植えています。
暑い夏の昼下がり、公園で遊んでいた小学生4~5人が
「あのトマト、食べさせて」
「3個しかないよ、5人いるから足りんよ」
「2個を半分にして、そしたら足りるよ」
「ジャー待っててね」
といったのは昨年のこと。
今年は完熟前から 「あれ、食べさせて」
「まだ、だめよ、熟れてないから」
「あれでいいよー」「だめだめ、まだ早い」
さて、この後どうなるのでしょう? 早く、梅雨が明けてほしいですねー!!
by 和和
途中小憩,我坐在海岸边凝视着一望无际的日本海,心中暗想,杨贵妃有沉鱼落雁、羞花闭月之貌,究竟长的是什么样子?恐怕这是很多人想知道的。
但一千多年前没有现代摄影技术,不能留下她的倩影,只有根据一些史料遐想。
杨贵妃公元719年中国农历六月初一出生在广西容县,有人说她是广西人,这是因为杨贵妃的祖父祖籍是容县。
杨贵妃的父亲在四川蜀郡作官,有人说她生在四川,是四川人。10岁时杨的父亲去世,她被寄养在河南当官的叔叔家,后又从河南辗转到山西永济县,所以也有人说杨贵妃是山西人。
不管杨贵妃是哪个地方的人,她天生丽质是不争的事实。也就是说她既聪明又漂亮。
《旧唐书》中记载:太真(杨贵妃)质本丰艳,善歌舞,通音律・・・・・・。
另外杨贵妃的皮肤一定是白嫩柔滑,就象经过提炼后凝固了的脂肪,又滑又细腻。
有唐代大诗人白居易的长诗《长恨歌》为证,其中一句写到:春寒赐浴华清池,温泉水滑洗凝脂。
这里说的凝脂就是凝固的脂肪。华清池位于中国陕西省临潼县骊山,我曾去游览过。
华清池温泉的水确实非同一般,用华清池温泉水洗一洗手,手上的皮肤立刻光滑得象刚刚抹上了许多油脂,非常神奇。
这么好的温泉水,加之杨贵妃出浴时娇柔无力、妩媚百态,无怪乎老皇帝李隆基总是带着贵妃到华清池避寒。
(接下次 ) by 益友![]()
この長雨のせいかどうか、ナツズイセンが5年ぶりに咲きました。
いつも初夏に葉だけは勢いよく伸びてたのですがずっと花を見ませんでした。
因みにナツズイセンは見ての通り、ヒガンバナの仲間で花の時期は葉がありません。
ナツズイセンもヒガンバナも中国から持ち込まれた植物だそうです。
成長して狩ができるようになったカマキリ、見てやってください。
by dahai
広島では部分日食。それでも天気が良く、期待されましたが、、、、。[準備不足でこの程度が精一杯。拡大するとこんな感じ欠け始めてまもない頃、偶然ちょうどいい具合に雲がかかって、肉眼でも見られる状態に。そのときの写真です。それ以外は全然うまく撮れませんでした。
なんたって思いついたのが昨夜ですから、準備不足もいいところ。最大で8割かけているはずなんですがね。次はちゃんと準備して・・・撮るかな?
この写真は老虎の長男のブログから転載。以下説明。拡大写真の撮影は推定時刻10時20分頃、右上から欠ける太陽のシャッターチャンスを、薄曇りがホローしてくれた傑作だ。
カメラ、ニコンD-90、レンズAF28-105、フィルターCP-6。日食撮影の予備知識全くなし、前夜の思いつきで長男に指示を出したのが功を奏した。、

因みに私は10時に三脚を構え
ニコンF2で、絞りF16.1/2000、で、シャッターを切ったつもりが日頃の太陽よりは“力なくぼんやり”した程度の写真でしかありませんでした。46年ぶりの日食、次回は26年後にチャンスはめぐってくるそうです。 by老虎
世界観光シリーズ
楊貴妃のふるさと漫遊(二)
車は広島を出発し、高速道路を飛ぶように走って、山口県長門市に向かった。一時間足らずで車が高速道路を下りると、スピードは目に見えて緩やかになった、楊貴妃の里へ行きたい気持ちははやるが、このような時に良策もなく、只耐えるしかないと、車窓の美しい景色を鑑賞していた。道中の景色はとても魅力的で、紺碧の空、木々が青々と茂る山や渓谷は気持ちを静かに落ち着かせてくれた。車は引き続き国道191号線を走っていたが、突然視界が開け、左側はその名の知れた日本海があった。見ると、海と空は同じ色で、白波は滔々として、広島が臨む瀬戸内海は日本海と比べると、とても穏やかだ。
日本海を見ると、心の中に一つの問題が浮かんできた。千年余りも前に,日本の遣唐使団はどのようにして中国へ行ったのか?彼らが中国へ勉強に行くためには、先ず日本海の荒波を征服しなければならなかった。当時の造船技術は今日に比べて熟達していなかっただろう、記録によると海難が起きたとき、約三分の一の人達が海底に沈んだという。遣唐使が乗った船はどんな船だったのか?日本の徳孝天皇がかつて広島で二艘の遣唐使船を作らせたことがある。日本の著名な航海史専門家である茂在寅男氏の推測によると、当時の遣唐使船は長さ約45m、横幅約8mであった。
現在広島の倉橋島造船博物館に一艘の模型の遣唐使船が展示されている。遣唐使達の乗った船はあまり大きいとは言えないが、困難や危険を拒まず、不撓不屈の精神で何度も唐へ行き使節としての使命を果たし、唐の文化を続々と日本に伝えた。彼らは中日友好のため、友情の架け橋を築いたのだ。(続く)
by 益友 日本語翻訳 by 燕子花
今年6月,我跟丈夫一起去了浅草寺,那寺庙里有很多银杏树。
听说那些树的树龄是大概800年左右。
并且 它尽管遭到了美军的东京大空袭,变成焦黑了,还是它到了春天发芽,现在还活着。
因为 银杏树在里面含有很多水分,所以不容易烧。
这个地方有一个传说,观音像就要着火的时候,银杏树喷起水来了,所以观音像没烧。
我对银杏树的印象变好了。
回家后我觉得很累。我不会活到800年呵!! by 和和
中国国際交流協会の招待で6月に協会代表団が訪中した際の、中国国際放送局への訪問の様子と長尾会長のインタピューを下記のURLでみることができます。
http://japanese.cri.cn/881/2009/06/25/1s142571.htm
http://japanese.cri.cn/1041/2009/07/16/1s143768.htm
是非、ご覧下さい。 by老虎

