写真展は5日目が終了し、これまでに会場を訪れた方は400名を越えました。新聞の記事を見て来られた方、知人から聞いて、また通りがかりに看板を見て来られた方と、きっかけは色々ですが、中国残留孤児について知っていただく機会になれたと思っています。
自身も満州で生まれ、戦後日本に引き上げて来たという女性は「自分は運よく早く帰国できたが、宮部さんたち残留を余儀なくされ帰国した方達のことが他人事と思えない」と写真の一枚一枚を食い入るように見つめていました。
また、写真歴60数年という男性は「島本さんの写真はモノクロであるがゆえにメッセージが良く伝わって来る。構成も素晴らしくストーリー性がある。」と技術面に強い関心を示していました。島本さんがモノクロにこだわった意図は十分に伝わったようです。
私は会場の2枚の写真に
強くひき付けられました。
その一枚は厳しい表情の
宮部さんと周囲を取り巻く
人達の緊張が伝わるもの
で、もう一枚は畑の中で
穏やかに笑ってる中国の
人達の写真です。
2009年宮部さんが墓参のためにかつての入植地を訪れたときのものですが、お互いの事情を知る前と知
った後の写真です。
笑ってる写真を見て「ああ良かった」と安堵したのですが、写真の説明文は次のようでした。
「穏やかな表情に戻ったが、中国の人が決して過去の出来事を許していないことが分かった。」
写真展は1月31日15:00まで、旧日本銀行1階で開催しています。
* 展示写真の画像は全て島本さんの許可を得て会場で撮影し掲載しました
by dahai
1945年(昭和20年)終戦の年の4月、国策により祖国を離れ、高田開拓団の一員として中国大陸に渡り、残留孤児となった一人の少女の記録を、写真家の島本和成さんが一冊の本にまとめて自費出版しました。
「風雪に耐えてーある中国残留孤児の記録―」と題したこの本に収められた写真を中心にした写真展が 旧
日本銀行1階で開かれています。
この本は島本さんが宮部玲子さん(現在79歳)と出会い、撮り続けた写真に開拓時代の写真や宮部さん家族の古い写真など貴重な資料、さらに開拓団の終戦当時に置かれた状況を聞き取り調査した記録が加わり、一人の少女の記録に終わらず厳しく歴史に問いかける一冊になっています.。

写真展会場で 著者島本さんと宮部さん
写真展会場では、島本さん本人がいろいろな質問に丁寧に答える姿や、写真の一枚一枚を懐かしむように説明する宮部さんの姿が見られました。

会場を訪れたある女性は「宮部さんの出身地の近くにすんでいますが、こんなに近くで生活していた人たちが開拓団に加わっていた、辛い人生を歩まれてきたことを知りませんでした。」と語っていました。
より多くの方々が会場に足を運ばれ、中国残留孤児のことを知っていただきたいと思っています。
写真展は 旧日本銀行1階で31日まで開催しています。
by dahai
昨日のどんよりした冬空とはうって変わって、今日1月17日はピカピカの青空です。
こんな日はウロウロホッツキ虫が騒ぎ出します。
オヤッこれは?どこかで見たような・・・・。
たしか・・・クチナシの実?
そうです、先日 くりきんとんを作るときにお世話になったあれです!
こうして木に生っているいるのは初めて見ました。
立派ですね~ がく片の伸びやかなこと。
こちらの木にはこんなにいっぱい!
花の時期には、クチナシが咲いてるな~って漠然と見ていたけれど
こんなに実をいっぱいにつけていたのですね。
やっぱりうろついてみて良かった!
寒中暖ありの昼下がりでした。
by dahai
先ずは広島県と友好都市提携の成都市の友人から
切り紙の龍が浮き上がって見えるように作られています。
次は広島市と友好都市提携の重慶市の友人から

ある友人からの年賀状には

と書かれていました。(大体意味が判るかな?)
今年も中国のいろんな街の話が聞けたらいいなと思う年明けでした。
by 和和
今日1月6日は24節季の23節小雪。朝の冷え込みは今冬で一番、暦どおりの寒さになりました。
立春まで寒いよ、覚悟して!と言われてるようで、体も気持ちも引き締まる感じです。
でも日中の日差しは力強さが感じられ、春をさがしに出かけました。。

ありました!!今年もやっぱりロウバイが青空をバックに凛と咲いていました。
かすかに独特の芳香も漂っています。やっぱり一番乗りはあなたでしたか。


早咲きの紅梅はまだ固いつぼみで、開花にはまだまだ日数が必要のようです。
いまつぼみの中では、開花の準備で大忙しでしょうね。
待っています!
画像は全て広島市中区で撮影
by dahai

