日本と中国の人びととの友好交流などなど


by kanwu1950rizhong
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「一面坡(yimianpo)」。
日本語では「いちめんざか」と読むのでしょうか。
かつてのロシア東清鉄道の重要な駅の一つでした。
ハルビンから東に160キロ。
鈍行列車で2時間半ほどのところにあります。
ここを日帰りで訪れました。

写真は駅舎。

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東清鉄道(=中東鉄道)は、19世紀末、帝政ロシアが中国東北部に敷設した鉄道です。
全長距離2489.2㎞。
次の写真は当時の中国東北部の地図です。
T字を描く太い線が、東清鉄道。

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T字の交差した所が、哈爾浜(ハルビン)。
鉄道建設の拠点となる都市でした。
T字の左端には満州里、右端には绥芬河(すいふんが)という文字が見えます。
中ロ国境の駅です。
T字の下側には寛城子という文字。
現在の長春です。
「一面坡」はハルビンの右下に、かすかに読み取れます。

一面坡の駅が作られたのは、1899年。
当時の切符売り場(售票处)がまだ残されていると聞いていました。
しかし、駅員に尋ねると、もうないとの回答。
事情がよくわかりませんでした。

一面坡は鎮(町)ですが、小さな村という感じです。
100年前にはここに、鉄道建設に従事するロシア人だけで2000人以上も住んでいたということです。

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「俄罗斯(ロシア)」風の建築物は、駅の北側に多く残っていました。
住居は朽ち果てていますが、まだ健在です。

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これらの住居は主に1903年~1904年に作られたもので、現在102棟が残っているということです。

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これらの民家を見ていると、当時のロシアの伝統的な建築様式に気づきます。
基礎構造はレンガですが、外側に木材が使われているということです。
人(ひと)という字に見える木組みの屋根、窓枠や屋根の下の木彫り、装飾された煙突など、木造りの家は何か暖かさと可愛らしさを感じさせます。

立派な建物も残されていました。
写真の病院は、鉄道員たちの療養施設だったという建物(1904年)。
正面の柱が印象的です。

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正面の列柱は、古代ギリシャ神殿建築の一つ、イオニア式。
柱の頭部の渦巻き模様に特色があるようです。
帝政ロシアの宮廷文化の息吹を感じさせるものです。

建物の中に入りました。
内部は病院に改造されていますが、天井は高く広々とした感じを受けました。
2階の天井には吊り下げ式の電灯。
当時のもののようです。

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次の写真もりっぱな建物です。
鉄道員たちのアパート(公寓)だったところです。

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現在は娯楽施設ですが、この日は門は閉じられていました。
ここは戦争中、日本軍の施設として使われ、地下には拷問室(刑讯室)があったと言われています。
ロシアをさがす旅ですが、中国東北部は日本の近代史を避けては通れません。

豪壮な建築物がありました。
写真は鉄道守備隊の兵営跡です。
現在は無人です。

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ロシア東清鉄道の跡を訪ねて、これまで「満州里」「ハルビン」「横道河子」「绥芬河」などを歩いてきました。
中国鉄道は今、ものすごい勢いで高速化しています。
小さな駅や小さな街は置き去りにされてしまうかのように、全土に高速鉄道網が広がっています。
しかし、まだまだ中国鉄道は健在です。
そして、街々にはその歴史が刻まれています。

            by トンファン




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# by kanwu1950rizhong | 2017-11-12 18:10 | Comments(1)

中国吉林省にある延辺(えんぺん)朝鮮族自治州。
延吉(えんきつ)は、その中心都市です。
街中の表記はすべて中国語と朝鮮語。
人々は両言語を話します。

延吉での短い滞在中、ホテル近くに市場を見つけました。
「水上市場」と看板が出ています。
朝4時半から開いていると聞き、翌朝出かけました。

朝4時半過ぎ。
大半はもう店開きしていました。
多種多様な食材を売っています。
市場には食堂もあり、湯気の上がる食材はどれもおいしそうでした。

写真はキムチ。
朝鮮族の代表的な食材です。
様々な種類があるようです。

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朝鮮人参。
「長白山参」と書かれています。
「長白山(ちょうはくざん)」で採れた「参(にんじん)」です。
一つ手に取って眺めていると、どうぞと言われました。

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マツタケです。
日本円で、500グラム1300円あまり。

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おもち。
きな粉もちのようなものがあり、買ってみました。
なつかしい日本のきな粉の味でした。

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マッコリ。
中国語では「米酒」。
米から作る酒です。

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犬の肉(狗肉)です。
原形で並べられていました。
日本人の私には、ややショッキングな光景です。

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早朝の市場。
人々との会話やその地の食文化を知るには、とてもおもしろい場所だと思います。

             by トンファン



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# by kanwu1950rizhong | 2017-11-05 10:25 | Comments(1)

秋雨前線と台風で悩まされた10月、やっと秋晴れの爽やかな空気が戻ってきました。今年は夏があっさり去ってくれてたので、紅葉にかなり期待を持ってこの時期を待ちました。11月1日・2日、久々に大山に出かけました。前日のニュースでは大山初冠雪が伝えられ、ちょっと焦る気持ちで。

登山道路をくねくね上がって、まわりのブナやミズナラの黄葉が目立ち始めたころ、突然大山南壁が目の前に飛び込んできました。少し地味な色の紅葉と山肌のコントラストが何とも言えない美しさです。ダイナミックな造形は自然ならではのもの。急な冷え込みで、傷んでしまった葉が茶色になってしまっているのも目立ちます。

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いつまでも眺めていたいけど、沢山の人に見てほしい気持ちも湧いてきて早々に立ち去ることに。

 しばらく進むと三の沢に着きます。ここではあまり人が込み合うこともなく、ゆっくり沢独特の景観を楽しむことができました。ガラガラと崩れ落ちてくる岩を止める堰堤を修復する工事が、雪の季節を前に急ピッチで進んでいました。

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大きな荷物を背負った登山グループも見えます。
少し右に視線を移すと、落葉樹と針葉樹のコントラストの美しい森林帯が広がっています。

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植栽では味わうことのできない、多様な種類の木々が織りなす色と形の組合せ。感動がこころの奥深くに滲みていくようです。

 標高約800mの大山寺からは徒歩で豪円山へ。途中ののろし台からは大山北壁と紅葉が見えるはず。
太陽が西に回るのを待ちましたが、せいぜいこの程度にしか光は届きません。夏の北壁とは全く異なった寒々とした光景です。

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 翌2日も朝から晴れ上がって爽やかな紅葉日和。朝のひんやりした空気を胸いっぱいに吸い込みながら、大山寺の奥深く、元谷へ向かいます。途中、歩道の周辺に設置されたベンチの取り換え作業の人たちに出会いました。
簡単な作りのようですが、重い丸太や台木をすべて人力で運ぶ作業は重労働です。

    
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 やわらかく心地よい木で作られたベンチ。こんな風に作られているんですね。
 
 朝の散策の途中では小さな赤い実、コマユミを見つけました。

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 数日後には葉も真っ赤に色づくことでしょう。

 今年も美しい秋を楽しむことができました。いろいろな偶然に感謝感謝です。

     by dahai



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# by kanwu1950rizhong | 2017-11-03 15:03 | Comments(0)

中国、ロシア、北朝鮮。
この三国の国境を一望できる場所があります。
防川(ぼうせん)。
詳しくは、吉林省延辺(えんぺん)朝鮮族自治州琿春(こんしゅん)市防川。
国慶節の休みを利用し、この地を訪れました。

中国の旅はひたすら忍耐です。
国慶節などの長期休暇は、それこそ国内移動のピーク。
列車も駅も観光地も、どこも人でいっぱいでした。
この時期、ホテル代もなぜか上がります。

今回の旅程は次のとおり。
1日目 ハルビン ⇒ 延吉(えんきつ)
2日目 延吉 ⇒ 琿春 → 防川 → 琿春 ⇒ 延吉
3日目 延吉 ⇒ ハルビン
( ⇒ 高速鉄道 / → バス /高速鉄道とは中国版新幹線)

ロシア・北朝鮮と国境を接する琿春(こんしゅん)市。
吉林省の東端、延辺朝鮮族自治州に属し、中国の国境対外開放都市の一つです。
写真は琿春駅。
駅の表示は、ロシア語、朝鮮語、中国語、英語です。


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高鉄(高速鉄道)の駅を降りると、駅前に防川方面のバスが止まっていました。
黑车(白タク)の客引きの中、バスに向かいました。


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バスの行く手に、やがて图们江(ともんこう)が見えてきました。
图们江は中国と北朝鮮の国境の川です。
対岸の北朝鮮は人家はあまり見えず、樹木は伐採されたのでしょうか、平原やはげ山が目立ちます。
川辺や山の頂上には、随所に見張り台やトーチカが置かれています。
脱北者を取り締まるためのものです。

終点のバスターミナルに着きました。
ここでパスポートのチェック。
入場料を支払い、別のバスに乗り換え、さらに国境近くへと向かいました。

バスは巨大な塔の前に到着。
日本人の私一人、ここで降ろされました。
中国人観光客は、さらにこの先の「土字碑」という中ロの境界点まで行けるようです。
この高い塔の名前は「龍虎閣」。
名前どおり、中国の威容を見せつけるかのような巨大なタワーです。
エレベーターで上へ。


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三国が眼下に広がっていました。
まさに「一眼望三国」です。


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右側の川は图们江(ともんこう/朝鮮では豆満江)。
対岸は北朝鮮です。
橋が見えます。
ロシアと北朝鮮を結ぶ鉄道橋です。名前は親善橋。
橋の左側一帯はロシアです。
池のようなものが見えます。ハサン湖です。
ロシア領内には列車や駅らしき建物も確認できました。
中国領は写真手前に広がる緑地帯で、橋のたもとまでの範囲。
地平線の先は、图们江が注ぐ日本海です。

日本海はここから15キロ先。
海の向こうは日本です。
この豆満江のデルタ(三角州)地帯は、周辺国による「豆満江開発計画」が進んでいると聞いていますが、現状は知りません。
この国境地帯で貿易や港湾の開放が進めば、日本海に面していない中国にとって、琿春は日本海に開かれた唯一の港湾都市になるはずです。

写真は、琿春駅への帰路、バスが立ち寄った「圈河口岸」。
中国と北朝鮮の国境ゲートの一つです。
琿春にはロシアとのゲートなど、まだいくつかのゲートがあるようです。


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国境の状況は日々変わります。
情報もあまり当てにできません。
朝鮮半島が緊迫する中、防川への旅は得難い時間でした。


          by  トンファン



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# by kanwu1950rizhong | 2017-10-22 09:12 | Comments(0)

9月29日。
午前6時の気温、1℃。
ハルビンのこの季節、晴れると空は青一色。
大学は来週一週間、国慶節の休みです。

中国全土で、Yahoo検索ができなくなって、2週間。
昨日からは部屋のインターネットも不通です。
停電や断水はよくあることですが、ネットの遮断や制限は、異国での孤立感を一層感じさせます。

ハルビン駅を再び訪れました。
駅周辺は依然工事中。
新しい駅舎のそばに立つ「聖イーベルスキイ教会」(ロシア正教/1908年)。
改修中の教会の敷地に、玉葱(たねねぎ)状の尖塔が運び込まれていました。
長い荒廃の時代を経て、教会の屋根に再び7つの尖塔が甦(よみがえ)ろうとしています。


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朝7時過ぎ。
写真は日本語科1年生の教室。
「あいうえお」を一緒に発音練習。
最後にみんなの写真を撮らせてもらいました。


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1年生は、毎日の自習が義務づけられています。
朝自習は7時15分~8時。(8時から1限授業)
夜自習は6時~7時半。
早朝、パンをかじりながら教室に急ぐ1年生たちの姿があります。

次の写真は夜7時過ぎ。
晩自習の様子です。
外はすでに真っ暗ですが、各教室は夜遅くまで明かりがついています。


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大学院生に課していたレポートを読みました。
レポートのテーマは「日本人に紹介したい中国の魅力」。
いくつか紹介します。

あるレポートは、ふるさと山西省の麺料理の魅力を紹介したもの。
山西省のある黄土高原。
昔は土地がやせ、小麦も育たなかったと言います。「莜麦」(youmai/燕麦)は人々がようやく手にした作物。それを代々、様々に工夫することで、この地に豊かな麺料理が生み出されたという内容です。
黄土高原のきびしい風土と、そこに生きる人々の多彩な麺文化の歴史が綴られていました。
山西省に行ってみたくなるような、まさに中国の魅力です。
写真は文章の一部。


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「整然」と「雑然」。
整然とした日本人、雑然とした中国人。
秩序正しい日本人の魅力を説きながら、雑然とした中国人の魅力を書いたレポートもありました。雑然とは、乱れや、いい加減さではなく、多民族国家の持つ多様性や流動性だと述べる内容は、大陸国家の魅力を十分に語っているものでした。

中国人の国民性、民族性に言及したレポートもありました。
書き出し部分です。

中国人の私にとって、中国の魅力より日本の魅力を先に言っておきたいのである。いつも他人に迷惑をかけないように心がけている日本人は、生活の中で規則をきちんと守り、電車や地下鉄の中でも、携帯電話を使う人や大きな声でしゃべる人はほとんどいない。試合が終わったあと、人々が退席してしまった観客席は、入場前と同じようにゴミ一つなく、清潔に保たれている。こういう例が日本では数え切れないほど見られるのである。他人に迷惑をかけないことは、日本人の最大の魅力だと思う。これは個人的な評価だけでなく、日本人の魅力的な品格は、世界各国の人々に認められているものである。
それに対して、ここに紹介したいのは、人に迷惑をかけるという中国の魅力である。

「人に迷惑をかけるという中国の魅力」。
この一句に、私は驚きました。
レポートは、中国の「人情社会」「伝統中国」という視点から、その理由を分析します。
以下、要約です。

…中国社会は「人情」によって初めて成り立つ社会である。
他人との関係も家族の関係とみなす中国人は、ごく自然に他人に迷惑をかけるようになってきた。他人に迷惑をかけることによって、他人と関わっているのである。「人情社会」に生きる中国人にとって、他人と関わることは非常に重要であり、人情意識は中国の伝統観念の中に深く根を下ろしている。…
もちろん、人情を強調しすぎると、法律や秩序を無視するといった様々な弊害が生じやすいが、人と人との絆は自然であり、そこには人情の温もりがある。…

中国で生活していると、理解できることが多くあることに気づきます。
強烈な個人主義の反面、他人への素朴とも言える人懐(なつ)こさは、この国の魅力の一つでしょう。お互いの違いを知ることこそ、異文化のおもしろさです。
レポートは次のように結ばれています。

バスの中で他人に席を譲った時、譲られた人に負担をかけたくないから、降りるふりをして席から遠く離れてしまうのは、日本人のやさしさであり、譲られた人と関わりたいから、席のそばに立ち続け、譲られた人の感謝の言葉からお互いが話し始めるのは、中国人の人情味である。
その暖かい人情味こそ、日本人に紹介したい中国の魅力である。



              by トンファン




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# by kanwu1950rizhong | 2017-10-07 10:57 | Comments(0)